標本士とは

標本士とは、ドイツ語のPräparatorの訳語です。顕微鏡標本をプレパラートと呼んでいることをご存知の方は多いと思いますが、ドイツ語ではプレパラートといえば顕微鏡標本だけでなく「標本」全般を指します。標本士とはそういった標本(プレパラート)をつくる人、という意味です。

実際に標本といってもいろいろな分野の、いろいろなタイプのものがありますが「標本士」と括った場合大きく生物学、地学、医学の3分野に分けられ、私の専門は剥製や毛皮、骨格標本を扱う生物学標本です。地学の標本士は岩石や鉱物の薄片標本や化石のクリーニングなどを行い、大学や研究所、博物館が主な活動の場です。医学標本士はもっぱら人間相手の病理標本やプラスティネーション標本などの作製を大学、研究所、病院や警察でしています。

標本士は博物館が活動の主な舞台、といいましたがそれは私がその技術を学んだドイツをはじめヨーロッパでのことで、日本には標本士という職業はありません。しかし一方、日本の博物館にも膨大な量の標本があり日々増え続けています。それらの標本を適切に処理して保存するという作業は博物館の存在に意味を与える重要な手続きではありますがそれを専門とする職員は、いません。

標本士は自然史博物館の技術スタッフ、という位置づけですがそれは美術館における美術修復士、歴史博物館における文化財修復士と同様です。
博物館にはそれぞれストーリーとヒストリーを持った「モノ」が集まります。その「モノ」を解釈、研究し意味づける学芸員はさきの山本地方創生大臣の言うところの「がん」呼ばわりされるされるようなものでは決してなく、博物館の根幹を支える大切な仕事をしていますが、それだけでは存在としてある「モノ」を将来的にも利用・検証可能な形として「残す」ことの保証にはなりません。

「モノ」を残す、という具体的な作業それ自体は修復士はじめ標本士などの技術スタッフが担っている、と自負しています。標本士のいない日本ではそんな自負も空疎な響きがありますが博物館としての歴史の長いヨーロッパでは歴史的な事実です。

多様な博物館資料をどう残すか、という技術的な議論に日本も欧米と対等に加われるようになってほしいと願っています。

相川稔プロフィール

長野県松本市出身。
高校在学中に野生動物の交通事故死体の標本づくりを始める。
高校卒業後渡独し
ボーフム市立高等職業専門学校標本技術科動物学コース卒業。
ヘッセン州立ヴィースバーデン博物館で標本士として勤務し、帰国。
現在はフリーランスの標本士。生物学標本や骨格標本の作製、古い剥製の修復などを手掛けています。
共著書に「小さな骨の動物園」(INAX booklet)、「見る目が変わる博物館の見方」(ベレ出版)